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東京地方裁判所 昭和34年(行)108号 判決

原告 柳井栄松 外一〇名

被告 国

訴訟代理人 永津勝蔵 外二名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一、被告の本案前の主張について。

被告は、(イ)原告柳井、中島、安斉、小笠原、関根、大須賀、池田につき「権利者が長期間権利を行使せず、これがため相手方もその行使を受けないであろうと信ずるに至つた結果、いまさらこれを行使させることが信義に反するときは、右権利行使は許されないものと解すべきところ、右原告らは本件各免職処分を受けて後約十年の期間を経て右処分の無効を主張し、被告との間の雇傭関係が存在することの確認を求める本件訴を突如提起したものであるから、かかる無効の主張、訴の提起は許さるべきものでない。」旨、また(ロ)原告川島、清岡、平田、梅村につき、「原告川島、清岡は、いずれも昭和二五年一二月中各免職処分につき人事院に審査請求をした結果、前者は同二七年七月中、後者は同年九月中それぞれ人事院から原処分を承認する旨の判定を受けながら、その後当時施行中の行政事件訴訟特例法第五条の出訴期間中に何らの訴をも提起しなかつたもの、また、原告平田、梅村は前記依願免職以来本訴に至るまで訴提起その他何ら右免職の効果を争つたことがないものであつて、しかも以上の原告ら四名は前記人事院判定ないし依願免職処分後それぞれ所定の退職金を受領しておきながら、それから約七年ないし九年を経て本訴に及んだものであるから、前記(イ)と同様の理由により本訴請求は許されない。」旨主張する。

これらの主張の中には本訴が不適法である旨の主張と本訴請求は理由がないという主張(仮りに本件免職処分が無効であつてもという仮定のもとにする予備的主張)とを包含すると認められるのでまずその前者につき判断する。(その後者につき判断を要しないことは後に判示するとおりである。)

(一)  およそ権利の行使につき被告主張のようないわゆる失効の原則とも称すべき法理の存し得べきことは、当裁判所もこれを認める。

しかし、このような原則は、本来自由であるべき権利の行使に致命的制限を加えるものであるから、その具体的適用は極めて慎重であるべきであつて、殊に裁判を受ける権利の如き憲法が特に正条を設けて保障する権利についてたやすくこれを援用してその喪失を断ずることは許されない。勿論、憲法第三二条の保障する裁判を受くべき権利といえども、本案の裁判を受け得るためには出訴期間、方式、訴の利益の存在等諸種の要件にもとづく制限を蒙るけれども、これらはいずれも裁判制度の目的に照らし必要且つ合理的な制限として明文上明かにされるか、すくなくとも条理上きわめて明白であつて明文をまつまでもないのに限られるのであつて、この点はあくまでも厳格に解すべきである。そうであるとすれば前記(イ)の各原告らの本訴提起が被告ら主張の如く著しく遅延した結果被告においてもはや訴の提起はないものと信じたという一事によつて、右原告らが既に本件訴訟において本案の裁判を受くべき権利を失つたものと解するわけにはいかない。

(二)次に、(ロ)の人事院判定はいうまでもなく本件免職処分の当否に関する行政内部における審査決定(行政処分)であり、右決定において原処分が承認され且つその後これに関し当時施行中の行政事件訴訟特例法第五条の期間内に訴の提起がなかつたとしても、これがため原処分の帯びている「原処分を当然無効とべき瑕疵」が治癒するものではなく、従つて、もし原処分にこのような瑕疵があれば、その後も原処分の当然無効を理由とする本件の如き確認の訴の提起を妨げるものではない。また、退職金の受領の如きは、それが実体法上如何なる法律効果を生ずるかの問題は別として、すくなくとも退職の効果を否定し本件の如き確認の訴を提起して本案の判断を求めることを妨げるものではないことは疑がない。そして以上いずれの場合においても訴の提起が著しく遅延したという事実がこれに付加されたからといつて、いまだ本訴を不適法な訴と認めるに足りないことは、前記(一)に判示したと同様の理由から明らかであるというべきである。

第二、本案について。

一、原告らはいずれも郵政省の職員であつて、それぞれ別紙記載の勤務場所で同記載の職についていたものであること、同記載の各年月日に原告平田、同梅村は退職申出承認を、その余の原告らは免職処分を受けたことは当事者間に争いないところである。

二、原告柳井、同中島、同安斉、同小笠原、同関根、同池田、同大須賀に対する定員法にもとづく免職処分について。

右原告らの本件免職処分の理由は昭和二四年六月一日施行の行政機関職員定員法により過員に該当するというにあつたことは当時者間に争いない。よつて、以下右免職処分が無効であるとする右原告らの主張の当否につき順次判断する。

(一)  定員法附則第三項、第五項が違憲であるとの主張について

定員法附則第三項の内容は被告主張のとおりのものであつて、それ自体だけでは何ら憲法違反の問題を生ずべきものではないが、同項の定める人員整理につき同第五項が救済手段たるべき国家公務員第八九条ないし第九二条の規定(不利益処分に対する人事院の審査に関する規定)の適用を排除したことと相まつて右附則第三項、第五項は憲法第二八条に違反するのではないかという問題が存することは、右原告ら主張のとおりである。

しかし、この点については当裁判所は次のとおりに判断する。すなわち、憲法第二八条の保障する労働者の権利といえども決して無制限のものではなく、他の基本的人権との間均衡、調査のために必要な限度の制約は免れないところ、右定員法附則第三項及び第五項が設けられたのは、当時におけるわが国の被占領状態下における荒廃した経済状態から一日も早く脱却し、いわゆる経済九原則の実施により国民生活全体を急速に安定させることが、憲法第二五条によりすべての国民に約束した健康で文化的な最低限度の生活を保障するための必要欠くべからざる急務であり、しかもそのためには当時の国力に比し多数にすぎた国家公務員の数を急遽削減するのやむなきに至つた結果であることは公知の事実というべきであるから、右憲法第二五条にもとづくこのような要請のため、同第二八条の保障する諸権利のあるものがたとえ前記のようにして若干の制約を受けることになつても、直ちにこれをもつて違憲というに足りない(最高裁昭和二五年(オ)第三〇九号、同二九年九月一五日言渡大法廷判決もまた結局これと同旨にいでたものと解すべきである。)。

(二)  右原告らに対する本件免職処分が憲法第一四条第一九条労働基準法第三条に違反し無効である旨の主張について。

定員法附則三項、国家公務員法第七八条第四号に従い過員の整理を行うに当つて誰を免職処分にするかは一応任免権者の自由裁量に属するけれども、自由裁量とは決して恣意的処分を許すということではなく、憲法第一九条第一四条、国家公務員法第二七条、第七四条、労働基準法第三条等にもとづき公正な立場からこれを決定せねばならないことは勿論、その決定がいちじるしく客観的妥当性を欠き、条理に反する場合には、その免職処分は重大かつ明白な瑕疵が存するものとして当然無効であることをも免れないものというべきである。そこで政府が右定員法を実施するに当り実際行つたところをみるに、〈証拠省略〉によれば、郵政省は、昭和二四年七月六日、各地方の郵政局長を中央に招集し行政整理の必要性と郵政省としての態度及び整理方針等について整理の大網を説明し、更に定員法実施要領として被告主張のとおりの整理基準(昭和二四年七月一二日郵人第七号)を定め、昭和二四年七月一二日付で郵政大臣官房人事部長名で各郵政局長及び各地方郵政監察局長に宛て郵政省における右実施要領(郵人第七号)を通達し遺憾のないように措置することを要望し、昭和二四年七月一二日、一三日に各地方の郵政局人事部長、人事課長、郵政局人事部管理課長を招集し、右定員法の実施要領について詳細に整理基準の説明と定員法による郵政省の仮定員の概略の指示がなされたこと及び右基準並びに実施要領はその内容においても一応妥当なものであつたことが認められる。

よつて、進んで、原告ら個々につき基準該当事実の有無を検討するに、

(1)  原告柳川の右整理基準該当事実

原告柳井は昭和二二年五月全逓信労働組合(以下全逓という)北海道地方連合会書記長、同年八月同連合会副委員長、同二三年三月右副委員長(第五回臨時大会で留任)、昭和二三年九月全逓北海道地区副委員長を歴任したことは当時者間に争いなく、〈証拠省略〉によれば原告柳井は昭和二三年一二月旭川で開催された全逓北海道地区第八回臨時大会において委員長副委員長、書記長に立候補したが落選し、原職に復帰し、同二四年二月保険部業務課業務係長になつたことが認められるところ、証人若林繁、同山口国尊の各証言並びに同原告本人尋問の結果(採用しない部分を除く)によれば、同原告には被告が原告柳井に関する整理基準該当事由として主張する前記一、(二)2(1) (イ)(ロ)(ハ)に当る事実を認めることができるほか(ハ)に当る事実は同原告が昭和二三年一二月全逓北海道地区本部副委員長の役職を辞し直ちに札幌逓信局貯蓄部業務課の原職に復帰した後にも存在したことが認められる。

原告柳井本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

そうすると同原告に関する右整理基準該当事実(イ)の行為は整理基準(4) (イ)(ニ)(ホ)に該当し昭和二三年七月二二日附内閣総理大臣宛連合国最高司令書簡にもとづく臨時措置に関する政令第二〇一号(以下政令第二〇一号という)の精神に反する行為であり、官吏懲戒令第二条(職務上の義務に違反し又は職務を怠りたるとき職務の内外を問わず官職上の威厳又は信用を失うべき行為ありたるとき)および官吏服務規律第一条(凡そ官吏は国民全体の奉仕者として誠実勤勉を主とし法令に従い各職務を尽すべし)に違反する行為であり右整理基準該当事実(ロ)の行為は整理基準(4) (ホ)に該当し政令第二〇一号違反の行為をほう助した行為にあたり右整理基準該当事実(ハ)の行為は右整理基準(4) (イ)(ニ)(ホ)に該当し国家公務員法第九八条第一項及び第一〇一条に違反する違法行為であるというべきである。

(2)  原告中島の整理基準該当事実

原告中島が昭和二三年一一月一日より同二四年五月三一日まで全逓労組落合長崎郵便局支部の副支部長の地位にあつたことは当事者間に争いないところ、〈証拠省略〉によれば、被告主張の原告中島に関する整理基準該当事実一、(二)2(2) (イ)(ただし、勤務時間中局外でのアカハタ配付又は購読方の勧誘を除く)、(ロ)に当る事実を認めることができる。局外でのアカハタ配付又は購読方の勧誘についてはこれを認めるに足りる証拠はない。原告中島本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

そうすると同原告に関する右整理基準該当事実(イ)の行為は右整理基準(4) (イ)(ニ)(ホ)に該当し、官吏懲戒令第二条官吏服務紀律第一条および国家公務員法第九六条第一項第九八条第一項第一〇一条ならびに〈証拠省略〉により認められる昭和二三年八月二三日逓信省労務局長通達労第六九六号(以下労第六九六号という)三(勤務時間中の組合活動の禁止)に違反する行為であり、右整理基準該当事実(ロ)の行為は右整理基準(6) (イ)の平素の勤務能率に著しく劣る者に該当するものというべきである。

(3)  原告安斉の整理基準該当事実

原告安斉は昭和二三年八月頃から全逓労組桐生郵便局支部の婦人部長の地位につき同年二三年一二月二三日日本共産党に入党して東毛地区委員会の構成員として届出していることは当事者間に争いない。そして、〈証拠省略〉によれば、同原告は上司の許可を受けることなく昭和二三年頃から本件免職処分を受けるまでの間しばしば庁舎内において組合又は共産党の細胞の発行したビラ又はアカハタを配布したほか被告主張の原告安斉に関する整理基準該当事由一、(二)2(3) (ロ)(ハ)に当る事実があつたことを認めることができる。ただし同じく(イ)に当る事実、すなわち同原告が庁舎内で組合又は共産党の細胞の発行したビラを貼布した行為についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると右(ロ)の行為は右整理基準(4) (ハ)に該当し、国家公務員法第九八条第一項に違反する行為であり、(ハ)の行為は右整理基準(6) (ロ)の平素の勤務成績が著しく悪い者に該当し、少くとも右整理基準8の成績判定基準D又はEに当るものというべきである。

(4)  原告小笠原やゑの整理基準該当事実

同原告は昭和二三年頃全逓労働東京簡易保険支部の婦人部の幹事(いわゆる職場の連絡員)、同二四年七月から本件免職時までは右支部の婦人部副部長の地位にあつたことは当事者間に争いなく、原告小笠原本人尋問の結果によれば、同原告は日本共産党に入党し本件免職処分当時共産党員であつたことが認められる。

そして〈証拠省略〉によれば、被告主張の原告小笠原に関する整理基準該当事実一、(二)2(4) (ロ)(ハ)の事実を認めることができる。

原告小笠原本人の供述中右認定に反する部分は採用しない。

しかし、被告主張の同原告に関する右整理基準該当事実(イ)の行為は前掲各証人の証言によればフラク会議の開催は勤務時間外のしかも庁舎の広場で行われたものであつて、そのうえ会議という程度のものではなく単に集つて話合つたというにすぎないことが認められ証人吉岡正己の証言中のフラク会議の招集は勤務時間中になされたということは推測の程度であるのみならず、招集を同原告がなしたという証拠もない。そうであれば、同原告(イ)の行為はただ共産党に入党を勧誘しただけのことに帰着し、これをもつて被告主張の整理基準にも又官吏懲戒令、官吏服務規律、国家公務員法にも違反するものということはできない。

ところで、前認定にかかる前記(ロ)の行為は右整理基準(4) (二)に該当し官吏懲戒令第二条官吏服務規律第一条国家公務員法第九九条に違反する行為であり、同じく(ハ)の行為は右整理基準(4) (ハ)ないし(ホ)に該当し国家公務員法第九八条第一項第九九条に違反する行為というべきである。

(5)  原告関根平太郎の整理基準該当事実

原告関根は昭和二三年四月から昭和二四年三月までは全逓の世田谷郵便局支部の幹事(情報宣伝担当)、同年四月から本件免職処分のあつた時までは支部の職場委員の地位にあつたものであり、また同二二年頃から本件免職処分のあつた時までの間日本共産党世田谷郵便局細胞の構成員であつたことは当事者間に争いない。

そして証人梅崎平吉、同鯵坂静雄の各証書、原告関根平太郎本人尋問の結果(採用しない部分を除く)によれば、被告主張の原告関根に関する整理基準該当事実一、(二)2(5) (イ)ないし(ホ)の事実(ただし、(イ)の事実については局長室を占拠して交渉を要求した時間は約一時間位と認められる。)を認めることができる。原告関根本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

そうすると同原告の(イ)の行為は右整理基準(4) (ニ)に該当し前掲逓信部雇員規程第二八条および国家公務員法第九六条第一項第九八条第一項第一〇一条に違反する行為、右(ロ)の行為は右整理基準(4) (ロ)ないし(ホ)に該当し右逓信部内雇員規程第二八条に違反する行為、(ハ)の行為は右整理基準(4) (イ)及び(ニ)に該当し右逓信部内雇員規程第二八条、国家公務員法第九六条第一項、第九八条第一項、第一〇一条ならびに前掲労第六九六号の三及び四の3、4逓労第一〇一号の業務命令の趣旨に違反する行為、(ニ)の行為は右整理基準(4) (ハ)及び(ニ)に該当し前記雇員規程第二八条、国家公務員法第九六条第一項、第九八条第一項、第九九条に違反する行為、(ホ)の行為は右整理基準(4) (ハ)ないし(ホ)に該当し、右逓信部内雇員規程第二八条に違反する行為であるというべきである。

(6)  原告池田義明、同大須賀寛の整理基準該当事実

原告池田は昭和二二年一一月以降、原告大須賀は同二三年一一月以降いずれも全逓労組の中央執行委員の地位にあつた者であることは当事者間に争いがない。

そして、右事実に成立並びに〈証拠省略〉を総合すれば、被告主張の原告池田、同大須賀に関する整理基準該当事実一、(二)2の(6) 並びに(7) の各事実を認めることができる。

〈証拠省略〉中右認定に反する部分は採用しない。

そうすると原告池田の右(6) の各行為及び原告大須賀の(7) の各行為はいずれも整理基準(4) (イ)及び(ハ)ないし(ホ)に該当するほか、原告池田の(6) の(イ)について関与した行為は政令第二〇一号第二条第一項、官吏懲戒令第二条、官吏服務紀律第一条に違反する行為であり、同(ロ)について同原告の関与した行為は官吏懲戒令第二条、官吏服務紀律第一条および国家公務員法第九八条第一項、第九九条ならびに前掲労第六九六号の業務命令に違反する行為であり、同(ハ)について同原告の関与した行為は国家公務員法第九八条第五項および第九九条に違反する行為であるといわなければならない。また原告大須賀について認定した前記(7) の行為中全逓の専従者名簿不提出等一連の行動に同原告が関与した行為は国家公務員法第九八条第一項第九九条および前掲労第六九六号の業務命令に違反する行為であり、また全逓がその秋田大会における前記闘争宣言の趣旨を実行させる日的のためにとつた一連の行動に同原告の関与した行為については国家公務員法第九八条第五項、第九九条に違反する行為というべきである。

(7)  以上(1) ないし(6) において原告らの整理基準該当事実と認定された行為の中には原告らが共産党員又は労働組合員としていた党活動又は組合活動の性質を有するものもあるが、これらは前記の諸法令に違反し、もしくは正当な業務命令を無視したかぎりにおいてはいずれも正当な右諸活動の範囲を逸脱したものというべきであるから、これを整理基準に該当すると判定する妨げとなるものではなく、また、右原告らに対する免職処分は原告らが共産主義者か、その同調者であり又は労働組合の役員或は組合員であるからという理由により特に不公平に取扱つたと認めるに足りる証拠もない。 そうすると右原告らに対する本件免職処分は正当有効と認むべきであるから、その無効を前提とする前記原告らの本訴請求は理由がなく、被告の仮定抗弁、その他の争点に立入るまでもなく、失当として棄却を免れない。

三、原告川島、同清岡に対する免職処分について。

右原告らに対する免職処分の理由が、同原告らはいずれも共産主義者であつて公務員としての適格性に欠けるところがあるというにあることは当事者間に争いなく、右免職処分が連合国最高司令官マツカーサー元帥の昭和二五年五月三日憲法記念日に際して出された声明及び右司令官マツカーサー元帥より同年六月六日、同七日、同年七月一八日付内閣総理大臣吉田茂宛の各書簡の趣旨に従い国家公務員法第七八条三号によりなされたものであることは弁論の全趣旨により明らかである。

そこで、進んで、右原告らに対する本件免職処分は、同原告らの抱懐する思想信条または所属政党の故になされたものであるから憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条に違反する旨の主張について判断する。

(一)  〈証拠省略〉によれば原告川島、同清岡は本件免職処分に対し人事院に審査請求をなしたが、いずれも本件免職処分を承認する旨の判定がくだされたものであり、しかも右判定の理由として人事院で判断した事実は、(I)原告川島については(1) 昭和二五年六月の参議院議員選挙に当り同月二日日本共産党候補者山口寛治の選挙運動員として郵政省玄関前において郵政省電通省細胞の構成員である上野とし子及び松平弘らとともに自らメガホンをもつて明日の選挙は是非我らの代表をと退庁時の職員に呼びかけたこと、(2) 昭和二四年一〇月頃から同二五年六月頃までの間、前記細胞の構成員である右上野とし子及び新藤喜一らと交互に職場内において「アカハタ」の配布を行つたこと、(3) 日本共産党郵政省電通雀細胞の構成員とともに各種の宣伝ビラ、ポスターを配布し、または貼付したこと、(4) 以上の事実から判断すると同原告は日本共産党の主義政策を支持し、かつ積極的にその活動に協力する共産主義の同調者であること、であり、(II)原告清岡については(1) 同原告は昭和二四年一〇月一二日以降日本共産党保険細胞に所属する日本共産党員で共産主義者であること、(2) 昭和二五年三月二〇日日本共産党硫労連会館細胞名入りの「斗いの陣列を統一しよう。」と題するビラを、同月二三日には右細胞名入りの「トラとオオカミ」と題するビラを、同年五月一七日には日本共産党保険細胞名入りの「共産党弾圧と共にくるもの」と題したビラを、同年六月八日には右細胞及び貯金細胞名入りの「職場要求で反撃を」と題したビラを、同月一七日には右保険細胞名入りの「自信をもつて斗おう」と題したビラを、同月二六日には右細胞名入りの「きけわだつみの声」と題したビラを、同年七月一四日右細胞名入りの「全ての要求をぶちまけろ」と題したビラを、同年九月三〇日には日本共産党港区委員会名入りの「日通汐留をたたせろ」と題したビラを、それぞれ配布し、同年一〇月一四日田町駅前で法務総裁から日本共産党中央機関紙アカハタの後継紙とし無期限発行停止処分に附された新聞「自由」を販売したこと、であつたことがそれぞれ認められる。

以上の事実からすれば、原告川島は本件免職処分当時日本共産党の主義政策を支持し、かつ積極的にその活動に協力する共産主義の同調者であり、原告清岡は日本共産党保険細胞に所属する日本共産党党員で共産主義者であることを推認するに足りる。

(二)  ところで、連合国最高司令官は(イ)昭和二五年五月三日憲法記念日に際しての声明で「(一)日本共産党が政治、社会活動において次第に激烈となりことに最近ではその存在分子は公然と国際的略奪勢力の手先となり外国の権力政策、帝国主義的目的および破壊的宣伝を遂行する役割を引受けていること、(二)日本共産党が国外からの支配に屈し、人心をまどわし人心を強圧するため虚偽と悪意にみちた煽動的宣伝を広く展開していること及び反日本的であるとともに日本国民の利益に反するような運動方針を公然と採用していること、(三)共産主義の戦術は政治権力獲得に有利な地盤を築くための手段として、社会人心の不安をひき起すことだけに限られていること」を指摘し、この事実にもとづいて「(一)現在日本が急速に解決を迫られている問題は、この反社会的勢力をどのような方法で国内的に処理し自由の乱用を阻止するかにあること、(二)こんご起る事件が、この種の陰険な攻撃の破壊的潜在性に対して公共の福祉を守りとおすために日本において断固たる措置をとる必要を予測させるようなものであれば、日本国民は叡智と沈着と正義をもつてこれに対処することを信じて疑わないこと」を警告、要望し、(ロ)昭和二五年六月六日付吉田内閣総理大臣あて書簡において「(一)最近に至つて新しい有害な集団が日本の政界にあらわれたが、この集団は真理を歪曲し、大衆の暴力行為を煽動し、この国を無秩序と闘争の場所に変え、これをもつて日本の進歩を阻止する手段としようとし、また民主主義的傾向を破壊しようとしてきたこと、(二)かれらは法令に基く権威に反抗し法令に基く手続を軽視し虚偽で煽動的な言説やその他の破壊的手段を用い、その結果として起る公衆の混乱を利用して、ついには暴力をもつて日本の立憲政治を転覆するに都合のよい状態を作りだすような社会不安をひき起そうと企てていること」を指摘し、この事実に基いて「無法状態をひき起させるこの煽動を抑制しないで放置することは、現在ではまだ萠芽にすぎないように思われるにしても、ついには連合国が従来発表してきた政策の目的と意図とを直接否定して日本の民主主義的な諸制度を抹殺し日本民族を破滅させる危険を冒すことになるであろうこと」を警告し、日本政府に対し日本共産党中央委員会を構成する二四名の者を公職から能免、排除し、かれらを一九四六年一月四日付指令並びにこれを施行するための命令に基く禁止、制限並びに義務に服せしめるために必要な行政上の措置をとるように指令し、(ハ)同年六月七日附前同様の書簡において「共産党の機関紙赤旗が法令に基き権威に対する反抗を挑発し経済復興の進捗を破壊し社会不安と大衆の暴力行為を引起そうと企てて、無責任な感情に訴える放縦で虚偽で煽動的で挑発的な言説をもつてその記事面や社説欄を冒漬してきた。」とし、「これらのこと一切に対しては即刻是正的措置をとることを必要とする。」としてこの新聞の内容に関する方針に対して責任を分担している一七名の者につき前同様の措置をとることを指令し、(ニ)同年六月二六日付前同様の書簡において、「前記六月七日付書簡で指令した措置をとるに当つて、新しい指導者によつて共産党機関紙赤旗が比較的穏健な方向に方針を改め真実を尊重し、無法状態や暴力を煽動的にそそのかすことをさけるようになることを希望したが、この希望が実現されなかつた。」として、日本政府に対し、「赤旗の発行を三〇日間停止させるために必要な措置」をとることを指令し、(ホ)同年七月一八日付前同様の書簡において、「虚偽、煽動的、破壊的な共産主義者の宣伝の播布を阻止する目的をもつた私の六月二六日附貴下宛書簡以来日本共産党が公然と連繋している国際勢力は民主主義社会における平和の維持と法の支配の尊厳に対して更に陰険な脅威を与えるに至り暴力によつて自由を抑圧する彼等の目的について至る所の自由な人民に対し警告を与えている。かかる情勢下においては日本においてこれを信奉する少数者がかかる目的のために宣伝を播布するため公的報道機関を自由且つ無制限に使用することは新聞の自由の概念の悪用であり、これを許すことは公的責任に忠実な自由な日本の報道機関の大部分のものを危険に陥れ、且つ一般国民の福祉を危くするものであることが明らかとなつた。」「現在自由な世界の諸力を結集しつつある偉大な闘においては総ての分野のものはこれに伴う責任を分担し、且つ誠実に遂行しなければならない。かかる責任のうち、公共的報道機関が担う責任程大きいものはない。何故なら、そこには真実を報道し、この真実に基いて事情に通じ、啓発された世論をつくりあげる全責任があるからである。歴史は自由な新聞がこの責任を遂行しなかつた場合必ず自ら死滅を招いたことを記録している。」「現実の諸事件は共産主義が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し、無責任、不法の少数分子を煽動して法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白なことを警告している。それ故日本において共産主義が言論の自由を濫用して斯る無秩序への煽動を続ける限り彼らに公的報道の自由を使用させることは公共の利益のため拒否されねばならない。」として赤旗及びその後継紙並びに同類紙の発行に対し課せられた停刊措置を無期限に継続することを指令したことは、いずれも既に今日歴史的事実として公知のことに属する。

そして、右連合国最高司令官の指令が当時のわが国の国家機関及び国民に対して日本国憲法外において法規としての効力を有し、これに抵触する限り憲法その他の国内法規の適用を排除するものであつたこと、従つて右指令にもとづいてなされた免職処分の効力はその後右指令が平和条約の発効とともに効力を失つたとしても何ら影響を被るものでないこと、右連合国最高司令官の指令はただ単に公共的報道機関についてのみなされたものではなく、その他の重要産業をも含めてなされたものであることはいずれも既に最高裁判所昭和二七年四月二日大法廷決定及び同三五年四月一八日大法廷決定の示すところであり当裁判所も右判例と見解を一にするものである。

(1)  原告らは「前記(イ)ないし(ホ)の声明および各書簡の内容を見るに、そのいずれにも一般重要産業についてまで被告主張の如き排除措置をとるべきことの指示は含まれていないのみならず、実際上このような指示はなかつたのであつて、昭和三五年四月一八日の最高裁決定は右声明、書簡の内容を不当に拡張し、こじつけて解釈したものにほかならない。」旨主張する。しかしながら、右決定は単に右声明、書簡等の内容そのものだけに依拠して一般重要産業についても右排除措置をとるべきことの指示がこれに含まれていると解釈したものではなく、かかる解釈をすべき旨の指示が前記各声明指令とは別個に当時最高裁判所になされたことが最高裁判所に顕著であるとしているのである。そして、このような「解釈指示」の存在を一国の最高裁判所が自ら顕著であると判示する以上、その存在について極めて強い推定力が働くべきことは当然であつて、単に前記声明、指令の文言中にかかる指示がないとか、後記閣議決定がかかる指示に触れていないとか、前記文言上かかる指示を含むと解することが困難であるとかいうだけの理由で右強力な推定を覆えし、右大法廷のした「解釈指示」存在の判示を虚構なりとし、その解釈を最高裁判所自身の不当な拡大解釈もしくはこじつけであると断ずることは許さるべきでない。そして、このような解釈指示が、当時わが国家機関及び国民に対し最終的権威を法的に有したのである(昭和二〇年九月三日連合国最高司令官指令二号四項。なお、このような解釈指示が連含国のわが国占領の終了とともに効力を失つたと解すべきことは勿論であるが、そのことによつて直ちに一旦生じた本件免職処分の効力を否定し得ないことは、後に判示するとおりである。)。

(2)  次に原告らは、『最高裁判所の示している「連合国最高司令官の指示は占領中わが国の法令にまさる効力を有し、わが法令は右指示に抵触するかぎり適用が排除される。」旨の見解は誤りである。右指示が法令にまさる効力を有するのは直接人権に関係のない事項に関する場合に限らるべきであつて、いやしくも直接人権を侵すような指令は無効であり、たとえ被占領中といえどもわが国裁判所はこれを無効と判断し得るものと解すべきである。指令に反することが事実上困難であることと指令に反することが許されないこととは混同すべきでない。』旨主張する。

しかし、今次敗戦の結果連合国により占領されていた間わが国は降服文書の定めるところにもとづき連合国軍最高司令官のいわゆる間接統治のもとにおかれ、その結果としてわが国固有の統治権は右最高司令官の命令、指示の枠内においてのみその行使が認められていたのであつて、わが行政、立法、司法各権能の行使はいずれも右最高司令官の命令指示に拘束されざるを得ず(昭和二〇年九月二日降服文書第五項、同日連合国最高司令官指令一号一二項)、従つてまた既存の法令の適用も右命令指示によつて排除されることを免れなかつたのである(最高裁判所昭和二七年四月二日大法廷決定)。このことは決して原告ら所論のように単に事実上右最高司令官の命令指示に反することを得なかつたというに止まるものではなく、占領下における統治機構からして、わが立法、司法、行政の各機関ともすべて右命令指示に反してその権能を行うことが法的に許されなかつたということなのである。

それ故、仮りに右命令指示に基本的人権を侵す疑いの存するものがあつたとしても、これにつき最高司令官が任命者である連合国にいかなる責任をとるかの問題は別として最高司令官の命令指示の枠内においてのみ裁判の権能行うべき地位にある被占領国裁判所が右命令、指示を無効と判断することは法的に不可能であつたのであり、これを可能であつたとする原告らの所論は、軍事占領の本質、数年にわたりわが国に行われた占領下統治機構の性質及びこれにもとづく法的秩序の実在を直視しないものといわざるを得ない。

(3)  あるいは、「たとえ占領下の法秩序のもとにおいてわが裁判所が連合国最高司令官の命令、指示を無効と判断できないとしても、既に占領状態が終了した今日、裁判所が右命令、指示の違憲性を判断し得ない理由はない。」という議論もあり得ないではない。

もとより、今日わが国裁判所が占領当時における連合国軍最高司令官の命令指示をわが国憲法の条章に照らしその適否を論ずることが許されない理由のないことは所論のとおりである。しかし、その故に、占領当時における本件行政処分の効力を否定することができるというのであれば、それは論理の飛躍である。本件免職処分の如き法律関係の消滅を目的とする行政処分の効力如何は、右処分の行われた当時における法秩序を基準として判断すべきことであつて、その当時の法秩序(裁判所の権能をも含むことはいうまでもない。)のもとで前記最高司令官の各指令及び指示がわが国法令に優先する効力をもつていた以上、右指令、指示にもとづいて行われた前記免職処分はたとえ当時施行のわが法令に反するところがあつても有効に行われたものというべく、占領後の今日右指令、指示が既に失効したからといつて、あるいはまた今日から考えて違憲の指令、指示というべきであるからといつて、占領当時の法秩序のもとで既に発生した右行政処分の効力を遡つて否定することは許されないと解すべきである(旧憲法下における法令が旧憲法に適合するか否かは新憲法下の裁判所といえどもこれを判断することが許されないとした最高裁判所昭和三四年七月八日大法廷判決の趣旨も、結局、過去における法秩序の現実を今日における評価によつて否定することは許されないとしたものである。これは法令の効力に関するものであり、本件は行政処分の効力に関するものであるけれども、その理において何ら異るところはない。)

(三)  そこで、前記連合国最高司令官の声明及び書簡につき政府のとつた態度をみるに、〈証拠省略〉によれば、次のとおりの閣議決定及び閣議了解が行われたことが認められる。

すなわち、昭和二五年九月五日閣議決定は「民主的政府の機構を破壊から防衛する目的をもつて危険分子を国家機関その他公の機関から排除するため左の措置を構ずる。(1) 共産主義者又はその同調者で官庁、公団、公共企業体等の機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等その秩序をみだり、またはみだる虞れがあると認められるものはこれらの機関から排除する。(2) 排除の方法は、国家公務員法第七八条第三号の規定による。(3) 排除は一斉に行うことを避け、その必要の特に緊切なものから始めて逐次、他に及ぼすものとする。なお本件措置は共産主義者又はその同調者に対し制裁の目的をもつてするものではなく、もつぱら破壊に対する防衛を目的とするものであるから、反省の余地ありと認められる者についてはその反省の機会を与えつつ実施するよう留意すること。」というものであり、昭和二五年九月一二日の閣議了解は『前掲連合国最高司令官の発した昭和二五年五月三日付声明と昭和二五年六月六日書簡は、最近における日本の共産主義者が国外における侵略主義的勢力の支配に屈服し、わが国における民主主義的復興を妨げ国内に破壊と混乱をもたらそうとしているが、もはや顕著な事実となつていることを指摘したものであるが、公務員が元来国民全体の奉仕者として公共の利益の擁護に任すべきものである以上この種の危険分子が公職に必要な摘格性を欠くものであることは言うまでもない。よつて政府は、民主的政府の機構を破壊から防衛する目的をもつて危険分子を国家機関その他、公の機関から排除するために共産主義者又はその同調者たる公務員で公務上の機密を漏洩し、公務の正常な運営を阻害する等秩序をみだり、またはみだる虞があると認められるものを国家公務員法その他該当法規の規定に基き公職に必要な適格性を欠くものとしてその地位から除去する。』という趣旨のものであつたことが認められる。

(四)  以上(一)ないし(三)の各事実を総合すると、原告川島、同清岡に対する本件免職処分は、前記連合国最高司令官の指示にもとづき前記閣議決定の方針に従い、共産主義者ないしその同調者であり、右閣議決定の如き秩序をみだしまたはみだすおそれがあることを理由として(免職処分に関する書面上理由の記載がその意をつくしているか否かは処分の効力にこの場合関係がない。)なされたものであると認めるに足りる。

被告は右閣議決定の方針にもとづき、実際に行われた各個の免職処分は、日本共産党員及びその同調者であることが明確とされた者については、その日常における具体的活動の有無、内容のいかんに拘らず、これを排除することを主眼として行つた旨自認するが、上来認定の如き閣議決定方針及び了解の内容に関する主張立証等本件弁論の全趣旨に照すと、被告らの右自認は結局、「日本共産党員ないしその同調者であることが明確となつた者は、具体的行動の存否、内容が必ずしも明確でなくとも、閣議決定にいわゆる『秩序をみだりまたはみだすおそれがある』という要件が推定によつて認められるものとして各個の処分を行つた。」というに帰するものと解される。

そして、このような場合は、日本共産党員またはその同調者であることのみを理由としてこれを排除したものではないから、仮りに前記最高司令官の指示の点を除外して考えても原告ら主張のような憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条等違反の違法があるものではなく、また個々の処分において前記推断に誤りがあつても、それは該処分取消の原因となり得るに止まり、当然無効の原因となることはないといわなければならない。けだし、その推断の誤りは右処分につき重大な瑕疵ではあるけれども、明白な瑕疵ということはできないからである。

(五)  それ故、右原告らに対して行われた本件免職処分が当然無効であることを前提とする同原告らの本訴請求は、被告の予備的抗弁その他の争点につき判断するまでもなく理由がないので棄却を免れない。

四、原告平田同梅村の退職申出承認の効力

(一)  原告平田が昭和二六年三月二七日、勤務場所静岡県下田郵便局で同局長及び名古屋郵政局労務係官から辞職を求められたので、辞職願を出して辞職申出をし、右申出が任免権者により承認されたこと、原告梅村が前同日勤務場所鹿児島県入来麓郵便局で同局長野村某から辞職を求められたので辞職願を出して辞職申出をし、右申出が任免権者により承認されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  ところで、原告両名は右両名の辞職申出は、異常な状況下においてこれを強要されたためになされたものであるから、いずれも右両名の真意にもとづかないものであり、しかも任免権者はその真意にもとづかないことを知りもしくは知ることができたのであるから、辞職申出の効力を生せず、かかる申出に対する承認も無効である旨主張するので以下この点につき判断する。

〈証拠省略〉によれば、原告平田が前記昭和二六年三月二七日辞職願を提出した経緯は、同午前一〇時頃、前記下田郵便局長室において名古屋郵政局人事部管理課労働係長坂田坂治立会のもとに局長から免職の「辞令書」と同原告は共産主義者であつて国家の機密を漏洩し、あるいは業務の運営を阻害するおそれかあるから公務員として適格性を欠くという趣旨のことを記載した「処分理由説明書」及び「辞職願の用紙」とを手交され、もし任意辞職願を提出するなら願による免職の手続をとるべき旨説示されたこと、その際、同原告は右理由説明書を黙読した上「このようなことは自分に覚えはない。自分は組合の支部長であるので自分一人の見解で態度をきめるわけにはいかない。組合員とも相談してきめたい。」と述べ、正午までの猶予を受けた上、右各書類を一旦受取つて局長室を出たが、同日午後一時過頃に至り、外務員の正服を私服に着替えて局長室に入室した上辞職願に署名等をして提出した次第であること、また、原告梅村が前同日辞職願を提出した経緯は、これまた同日午前一〇時頃、鹿児島県入来麓郵便局長室において当時熊本郵政局人事部人事課第一任用係長をしていた植松弘と同郵政局人事部労働係長をしていた徳永政雄立会のもとに同郵便局長から免職の辞令書を手交され、口頭で、「同原告は共産主義の同調者で公務上の機密を漏洩し公務の正常な運営を阻害するおそれがあるので公務員としての適格性を欠くという理由により免職処分に付される。」旨の処分理由説明書の要旨を告げられた上、もし免職処分が嫌なら任意辞職申出をするよう勧告を受けたので、同原告は即時三、四分考慮し、「共産主義者ということで免職処分にされた場合親戚より白眼視され再就職も困難になり、母親一人を抱えて今後の生活むずかしかろう。」と考えた結果辞職願を書いて提出したことがそれぞれ認められる。

もつとも、前掲各証拠によれば、前記坂田坂治は原告平田に辞職の勧告をするにさきだち警察に情報の交換等のため右辞職勧告のことを連絡しておいたこと又前記徳永係長が原告梅村に辞職を勧告する際写真機を携帯していたことが認められるがこれらをもつてただちに異常の状況にあつたとか又辞職願を強要したとはいえず、他に警察官の包囲その他気勢を示して同原告らに辞職申出を強要したと認むべき確証はない。そうすると、他に格段の事情の認め難い本件では、原告平田は暫時の猶予を得て所属労働組合とも相談、考慮した上辞職願を提出したものであり、原告梅村も短時間の考慮ではあるが、自己の意思にもとづいて辞職願を出したものであつて、いずれも真意にもとづいたものと認めるのが相当である。

(三)  更に原告両名は「本件辞職の申出は、原告両名が辞職申出をしなければ、共産主義者もしくはその同調者であることを理由とする憲法一四条、一九条に違反し無効な免職処分を受くべきことを告知してなされた辞職の勧告が唯一の動機となつているものであるから、(イ)右違法な免職処分を実現する内容をもつ点において公序に反するし又(ロ)動機の違法の故に公の秩序に反する無効のものである。そしてこれに対する承認も又無効である。」旨主張する。

しかし、前記閣議決定によつて行うべきものとされた免職処分が、政府として前記連合国最高司令官の声明及び書簡を実施するため「共産主義者又はその同調者であつて、官庁等の機密を漏洩し業務の正帯な運営を阻害する等その秩序をみだり又はみだる虞のあるものはこれら機関から排除する。排除は一斉に行うことを避け、その必要の特に緊切なものから始め逐次他に及ぼす。この措置は共産主義者又はその同調者に対し制裁の目的をもつてするものではなく、もつぱら破壊に対する防衛を目的とするものであるから反省の余地ありと認められるについてはその反省の機会を与えつつ実施する。」という方針にもとづくもので、敢えて憲法第一四条第一九条に違反する違法の処分というに当らないことは、前認定のとおりであるから、右原告両名に対する辞職の勧告にあたり右免職処分に言及するところがあつたとしても、これがため右両名の辞職申立が、その内容もしくは動機において公序違反の違法を帯びるいわれは全くない。それ故、前記原告らの申出がその内容または動機において公序違反の故に無効であるとする同原告らの主張は採用できない。

(四)  以上の次第であつて、右原告らの辞職申出が真意でないこと又は無効であることを前提とする同原告らの本訴請求もまた被告の予備的抗弁その他の争点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとする。

五、よつて訴訟費用につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 西村四郎 石田穣)

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